MJ
昼3時半頃、相方から私の携帯に電話が入りました。
仕事中に電話をしてくるということは、大抵急ぎの移民関係の件が多いので、すぐさま電話に出てみたら、相方が「Do you know?! Michael Jackson is dead!(知ってる?マイケル・ジャクソンが死んだんだって!)」と叫びました。
「あれ?お前はマイコー好きだったっけ?」と疑問に思いつつ、「How do you know he is dead? How come? When?(何でそれを知ったの?どうして?いつ?)」と聞いたら、「僕もよく分かんないけど、オフィスでみんなが騒いでるよ。Oh, my godだよ~」と言っています。
その時点でインターネットをチェックしてみたら、アメリカ・カナダのニュースサイトも日本のニュースサイトも「マイケル・ジャクソンが死んだけど、詳しいことはまだ分からない」という状態。夜になり、UCLAの病院で心不全で亡くなったとか、詳しい情報がネットに出るようになりました。
初めてマイコーを見たのは、1987年か88年、来日ツアーがTVで放映されたのを見た時です。当時、私は中学一年で、友達の家で一緒に「ロボットみたいな動きをする人だね。ホウッって叫んでるね。ペットはチンパンジーなんだって!」と話しながらTVを観てました。
その後、1995年に外盤屋で働いていた時、店に仕入れていた海外雑誌を英語の勉強のつもりで読んでいたのですが、その頃に彼はベストアルバムを発売してそのプロモーションで雑誌に出ていたのでよく目にし、その数年後の1999年には、放浪して行き着いたNYで友達と地下鉄のホームでムーンウォークの練習をしてみたり(バカバカしくて楽しかった)、King of Popと言われるだけに、彼は文化の一部であったため、常に彼を注目し、軌跡を辿ってきたような気がします。
いつの頃からか、人が死ぬと「あぁ、その人は“開放”されたのだなぁ」と思うようになりました。日々の色々なこと、義務、挫折、怒り、苦しみ、後悔、喜びなどの一切のさざなみから、死は、その瞬間に、それら全てから開放されるんじゃないかと。
マイコーも何もかもから開放されて、今は安らかであってほしいと思います。